デス・オーバチュア
第13話「超獣スレイヴィア〜前編〜」





温かい。
そして、優しく清らかなな光に包まれているような気がする。
半覚醒状態のタナトスは、後頭部に温かく柔らかな感触を感じていた。
『あまり無理をなされないでくださいね。あなたの存在は、あなたが思っている以上に、あの御方にとって……特別なのですから……』
どこまでも優しく穏やかな声が、タナトスの覚醒を遠ざけていく。
『……は絶対的な存在でありながら、とても不安定で……そして悲しい御方……にはあなたが……』
声を最後まで聞くこともできず、タナトスは再び意識を闇の中へと落としていった。



「……んっ……はっ!?」
目覚めると同時に、タナトスは跳ね起きた。
すぐさま戦闘可能な警戒態勢を取るが、しばらくしてとりあえず今は安全だということを思い出し、基本姿勢へと戻る。
「そうか、私はビナーを倒し……その姉に見逃されて……ん?」
タナトスは妙な違和感を感じた。
「……私はうつ伏せで意識を失ったのではなかったか?」
それなのに、さっき自分は仰向けに寝ていた気がする。
「普通、もっとも気にするのはそこじゃないと思うぞ?」
「……ん?」
タナトスは声のした方を振り返った。
通路の入り口にルーファスが立っている。
「どういう意味だ?」
「自分の胸を触ってみろ」
「なっ!? お前という奴はいきなり何を…………んっ?」
顔を朱に染めて怒りながら、自らの胸をルーファスの視線から隠すように体を抱きしめていたタナトスはふと妙なことに気づいた。
タナトスは両手で自らの体のあちらこちらを触る。
「……体のどこにも傷が無い?」
「普通真っ先に気づくと思うんだけどね」
ルーファスは意地悪く笑いながら、タナトスに近づいてきた。
「……お前の仕業か、ルーファス?」
「さあ、どうかな? 一応、俺はさっきここに来たばかりなんだけどね」
「…………」
タナトスはルーファスの真意を探るようにじいっと見つめる。
「嬉しいけど、俺に見惚れている暇はないと思うよ」
ルーファスは微笑を浮かべて言った。
「馬鹿者! 誰が見惚れたりなど……」
「はいはい、じゃあ急ごうか。多分クロスの奴が待ちくたびれてるんじゃないかな? まあ、殺られてなかったらだけどね」
「くっ! そうだったな、お前の相手をしている暇などない」
「うわ、なんか酷い言われようだね」
タナトスは、ルーファスを無視して、奥への通路へと走り出す。
「さてと……」
ルーファスは、なぜか先程までタナトスが倒れていた場所の横に突き刺さっていた白銀の剣を引き抜いた。
白銀の剣は黄金の光に変化すると、ルーファスの左手の甲に吸い込まれていく。
「ご苦労さん」
ルーファスは光が全て吸い込まれたのを確認すると、ゆっくりとした足取りでタナトスの後を追っていった。




『…………』
「どうしました?」
『覗き見している者、隠れている者がかなり居るようです、私ですら把握しきれぬ程……いかが致しましょう、お館様?』
姿なき女の声がコクマの脳裏だけに聞こえてくる。
「放っておきなさい。見せ物になるのはあまり好きではありませんが、どうせ私達の出番はもうすぐ終わります」
コクマの前には壁一面を埋め尽くすような巨大な門がそびえ立っていた。
「なるほど、幽閉空間……永久牢獄といった所ですね。確かに、この方が物に封印するより安全かもしれませんね」
『隔離された一つの空間、内側から破るには空間を切り裂くだけの『力』を必要としますが……外からなら物理的に門を破壊するだけの破壊力さえあれば事足ります』
「では、いきますよ、トゥルーフレイム」
『御意のままに』
コクマの左手で水色の炎が踊り、半透明な水色の剣と化す。
コクマは水色の剣を迷わず門に向かって斬りつけた。



「ルーファス……スレイヴィアとは何だ?」
タナトスは駆け足のまま、ルーファスに尋ねた。
「……ん? 気にしないんじゃなかったの? それがなんであろうと自分達のすることは変わらない、知る必要もない……てのがいつもの仕事に対するタナトスのスタイルでしょ?」
ルーファスは、全力で走るタナトスに、滑るような足運びで追いついている。
「…………」
「まあ、別に隠す必要も、隠しているつもりもなかったから別にいいけどね。スレイヴィアってのはただのケダモノの名前だよ」
「ケダモノ?……まさかただの獣人なのか?」
「おしい、正解のような不正解だね」
「……どっちだ、それは……?」
合っているのか、間違っているのか解りにくい表現はやめて欲しかった。
「獣人というのは間違っていない。だが、ただのというのは正確じゃない。ただの獣人だったらこんなところにわざわざ封印されるわけないだろう?」
「……確かに、そうだな」
ルーファスにしては珍しく道理の通ったことを言う。
「超獣スレイヴィア、獣人の歴史上最強にして最悪の獣人……まあ、獣人という存在の可能性の限界値といったところだね」
「……限界値?」
「まあ要は、未来永劫封印されたままになってれば何の問題もない。永久牢獄だから、中で空間を破壊できるだけの力を得るか、外から誰かが壊さない限りは大丈夫」
「……その後者が行われようとしているのだな?」
「外、つまり門の方も普通の剣や魔術なんかじゃビクともしない程度の強度はあるんだけど……あくまでその程度なわけで……ねえ?」
タナトスはルーファスが何を言いたいのか察する。
「神剣なら簡単に斬れるということか……」
「そういうこと。あくまで地上の物質に魔力で小細工した物でしかないからね、神柱石でできている神剣の前では無力だね」
神柱石。
地上でもっと硬く希少な金属オリハルコンよりもさらに硬い石。
本来地上には存在しない、神々の世界の石。
ゆえに、神柱石でできた神剣を受け止められるのも、同じく神柱石でできた神剣だけなのだ。
もっとも、僅かだが例外というものは存在するが……。
「……それだけ解れば充分だ……急ぐぞ」
タナトスはさらに足を速めた。」



門が斜めに真っ二つに切り裂かれ、崩れ落ちるのと、クロスが到着したのはまったくの同時だった。
「なっ!?」
「少し遅かったですね」
水色の剣を水色の炎に戻し左手の中にしまいながら、コクマは意地の悪そうな笑みを浮かべる。
遅かったも何も、わざとこのタイミングで門を破壊したのである、コクマの行動は意地悪る以外の何ものでもなかった。
「あなたの相手をしながら、後の二人が来るのを待ってから破壊しても良かったんですけどね……それは流石に万が一とはいえ拙いことになる可能性がありましたので、どちらに転ぶか解らない傍観者さんも多かったわけですし」
「持って回ったというか、意味深というか、何言ってるのかいまいちよく解らないけど……何か馬鹿にされたような気がするのはあたしの気のせい?」
丁寧な言い回しの中に、何か嫌味のようなものを感じる。
「おそらく気のせいではないですか?」
「いや、気のせいじゃないな。三人をまとめて相手にしても、目的を果たせるってわけだからな、ホント身の程知らずのガキだよ」
「ルーファス? 姉様!」
ルーファスの声と共に、タナトスとルーファスが通路から姿を現した。
「いえいえ、滅相もない。私は身の程をよく知っています。私ごときがあなたに勝てるなどとは夢にも思っていませんよ」
コクマの相変わらずの慇懃な態度に、ルーファスはフンと鼻を鳴らして答える。
「コクマ……」
タナトスは魂殺鎌を出現させた。
「おっと、すみませんが、あなたの相手は私ではありませんよ。では、拍手でお出迎えください、超獣スレイヴィア様を」
コクマが壁際に退く。
門があったはずの壁は、奇妙な空間への入り口になっていた。
何も無い、ただ歪んでいるだけの無限の空間。
その空間は明るくも暗くもなく、上下すら存在していなかった。
「ちっ、どうするかな……」
ルーファスの舌打ちの直後、空間の向こう側から、ゆっくりとした足音が近づいてくる。
「我が眠り妨げるのは……誰だ?」
姿を現したのは、コクマやルーファスよりも背の高い茶髪の男だった。
裸の上半身に直接茶色のロングコートを羽織っている。
「お久しぶりですね、スレイヴィアさん」
「……ん?……貴様か、まだ生きていたのか?」
スレイヴィアは気怠げにコクマを見つめた後、力無く笑った。
「お互い様ですよ。だいたいあなた、アレから何年経ったかも解っていないでしょう?」
「何百、何千、どれだけ経っていようとどうでもいい……そんなことより、ホワイトはまだ存在するのか?」
「ええ、しっかりと健在ですよ。獣人達を追いやって、繁栄の極みです」
「……そうか……それは何よりだ。我が滅ぼすよりも早く勝手に滅んでいたら堪らぬからな……」
「やはり、ホワイトへの恨みですか? あなたを封じたクリアではなく?」
「偽善者の集団など相手をする気もわかん、我は最強の獣人、獣人の王の中の王……我が倒すべきは獣人の誇りを、命を我欲のために奪った愚か者共だ……」
「まあそれでもいいでしょう。ただし、あなたの目的を果たすためにはそこの偽善者達を倒さなければ不可能ですよ」
「……んっ?」
スレイヴィアは始めて存在に気づいたかのように、クロス、そしてルーファスとタナトスに目をやる。
「……フッ……ご苦労なことだな、偽善者共……」
「お手伝い致しましょうか、スレイヴィア様?」
「いらぬ……さっさと消えろ」
スレイヴィアはコクマにそう言い捨てると、ゆっくりと、クロスに向かって歩き出した。
タナトスは急いでクロスの元に駆け寄る。
「下がっていろ、クロス」
魂殺鎌を構えると、自らの後ろにクロスを庇った。
「姉様、あたしが……」
「駄目だ、私が……」
「……何をもめている? まさか、誰が我と戦うかと? 愚かな……全員で挑んでくるがいい……そこの男も含めてな」
スレイヴィアは、通路の入り口に立ったままのルーファスを挑発するように言う。
「…………」
ルーファスは言い返すわけでもなく、何か考え込むような表情でスレイヴィアを見つめていた。








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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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